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◆ 日本アルプスへの序奏 投稿者:孤高の旅人  引用する 
2016年3月に2度目の退職を迎えるにあたり、再就職か日本アルプスへの道を行こうかと考えたが、少々反対が有り日本アルプスをあきらめ再就職を選んだものの、余暇時間というか行動の余裕が以前より少なくなり、2016年度に登った山は恵庭岳を1回、そのほかは樽前山と紋別岳をくり返し登るだけで、他の山域に行くことがなかった。
今まで200近くの北海道の山を登ったのだが、2016年夏ごろに「昨年までの行動より狭まっている行動範囲は何で?退職して余暇を十分に楽しめるはずなのに、何をやっているの?」と大いに自分の行動に疑問を感じた。
男の健康寿命が71歳、山に登れる年齢はいくつ?ましてや、日本アルプスを楽しく安全に登れる年齢はいくつ?と考えると再就職したことが悔やまれた。
就職したからには簡単にやめるわけにもいかず、1年間は勤めようと思いつつ、先延ばしにしたことが今は悔やまれる。
このことを昨年秋頃に家族に話をすると、全開ではないが理解を得られたことからアルプスへの道が開けたのである。
しかし、体と心の余裕がないことから準備は2017年3月下旬からで、最初に車の改造からであった。
車は三菱のアウトランダーで、高さがないことから長期の旅には不向きであるが、助手席側後部と三列目のシートを外し、簡易ベットを設置し、ベッド下に荷物を収納できるようにしたことから潜水艦状態であるが、快適な空間を確保できた。
電源をバッテリーに蓄積するためにソーラーパネル設置し、自転車を積んでの出発となった。
4月中に出発するのは、残雪期ではなく冬山に登りたいからで、場所によっては5月でも冬山であり、毎年ゴールデンウィークに無理をして沢山の犠牲者が出るのが北アルプスである。
準備が予定より遅れ、出発日を1日遅らせて火曜日の出発とした。


2017/06/13(Tue) 18:37:34 [ No.808 ]
◇ 出発への準備完了! 投稿者:希望の旅人  引用する 
車の改造で一番大変だったのが、車の室内曲線に合せてベッドを加工することだった。
最初は後部座席を収納した状態で加工したのだが、収納スペースが少ないので助手席側後部と三列目のシートを外し、再度加工し直し、高さを調整するイレクターの作り直しに時間がかかった。
天井にはアルミのパイプを張り巡らして、色々な物を吊るせるようにし、百均の網を曲げて、ベッドの掛け布団が落ちないようにするとともに、小物を収納できるようにした。
電源の確保は、息子が置いて行った軽自動車用のバッテリー4個を助手席後部に設置し、キャリアに着けたソーラーから充電することとしたが、それぞれのバッテリーを別々に電圧表示し、車のオルタネーターとソーラーから充電できることと、それぞれのバッテリーから消費できるようにすることが大変だった
冬山から真夏の山のテント泊を想定しての準備なので、多くの荷物が必要で、アウトランダーに一人の定員が限界である。


2017/06/13(Tue) 18:39:15 [ No.809 ]
◇ 春の出発が・・・・ 投稿者:危険な旅人  引用する 
天候が悪くなるとは聞いていたが、支笏湖を通過するころからみぞれ交じりの雨となり、美笛のトンネルを過ぎると冬の要素にとなり、峠は真冬そのもので、登りで止まるわけにはいかないので進むものの、パネルにタイヤが空転しているサインが表示される。
下り始めるとワゴンが路外に落ちている。この道では、夏タイヤでの走行はほぼ無理!どうしようかと考えたが、ここまで来てしまったら引き返せない。下りはスピードをコントロールしながらのひやひやの走行。大滝村のきのこ王国の駐車場の雪は、20cmを超えていた。三階の滝分岐付近では、2台の車が分離帯を乗り越えていたいたが、大滝に着くころには雪がなくなっていた。


2017/06/13(Tue) 18:43:57 [ No.810 ]
◇ 函館に到着ですが・・ 投稿者:迷える旅人  引用する 
まず、自宅のパソコンでフェリーの予約をしようとしたのだが、車両乗車が選べないようになっている。酒を飲みながらの予約でやっているのでWEB予約時間を過ぎてしまい14800円が16450円の料金体系に変わってしまったので、あきらめて就寝。
函館に着いたので、函館に居る●向に電話して夜飲むことにし、仕事先まで行って会ってくる。車は花の湯に停めて買い物から帰ってくると●向が迎えに来ていたので、近くの海鮮居酒屋で飲み、主に日本酒を飲み、1泊食事つきの山小屋料金より高い支払いとなった。
花の湯に戻って温泉に入り、ネットで「青函連絡船」と検索すると、定価14400円がスマホで割引券を提示すると12960円?なにこれ?と思いながら予約センターに電話するとOKとのこと。3時に起きて乗り場に向かうが、ナビではつかない?電話で確認して乗り場に向かうと乗用車が1台止まっていた。他はすべてトラック。
8時30分に青森に到着し、八甲田山に向かったものの強風の為にロープウェイが止まっていて、明日もだめだろうとのことなので、弘前城の桜を見に行ったのだが一週間早く、天守閣が石垣修理のために移動していました。
その後、角館の駅上の駐車場泊とした。
早朝に武家屋敷の桜を散策したのだが、ここも早すぎて、つぼみ状態だったが、ここの桜が満開になったら弘前よりきれいだろうなと思いつつ、一気に谷川岳に向かうこととした。


2017/06/13(Tue) 18:45:47 [ No.811 ]
◇ ちょっと規模が違うかな? 投稿者:未だに孤高の登山者になれない旅人  引用する 
カーナビを信用して新潟の大学の友達の家を訪ねたら、ピンポイントでOKでした。
写真は、有名な苗場でここの大きさには驚かないが、越後湯沢の温泉街を俯瞰して見ると、北海道で一番大きな温泉街の倍ではきかない大きさがあり、びっくりした。
●宿泊場所と食事内容
・4月18日 この日の朝食:大盛エビ天丼、昼食:うまか棒6本、夕食:海鮮居酒屋でビールと日本酒、当然食べ物を食べたが、1万円を超えたのが痛い!函館の花の湯駐車場泊。
・19日 朝食:焼きそば弁当・コーヒー・ココア(フェリー内)、昼食:ハム・あんかけラーメン+卵2、夕食:かつおの刺身・かっぱ巻き・泡盛。角館駅駐車場ではなく、田町山駐車場泊。
・20日 朝食:あんかけラーメン+卵2、昼食:うまか棒3本・けんぴ、夕食:ガーリックポークステーキ300g・野菜サラダ・野菜スパゲッティ・冷奴・泡盛、道の駅ゆのたに(魚沼市)泊。
・21日 朝食:塩パン3・バナナ、朝食:焼きそば弁当、夕食:いかオリーブガーリックキャベツ炒め・崎陽軒シュウマイ・厚焼き玉子・バナナ2・ビール・泡盛。道の駅水上水紀行(水上町)泊。


2017/06/13(Tue) 18:47:37 [ No.812 ]
◇ 今日は休養日です。 投稿者:旅人  引用する 
今日の総運転時間は、3時間強かな?
最初に谷川岳登山センターに行き、天気やルート相談をし、谷川岳は明日登ることにした。
今日は、ロッククライミングの聖地「一の倉沢」までトレッキングとし、通行止めのゲートをくぐり歩き始めるが、ハットをセンターに置き忘れたので戻り、再度出発する。
マチガ沢手前50mで除雪作業が3台の重機で行われており、オペレーターから「この道は国道で、ゲート看板に書いてあるとうり通行禁止となっているので、先に進むのはだめだ!」と言われたので、道の上側を通ると言って、行動をすると、危険だから道路を通って行っていいと言われたので、迷惑をかけないように走って重機の先に出た。
その先は、道路に雪が急斜面で積もっていて、キックステップのトラバースを繰り返す。スリップすると少々危険で、止まらなければ川まで落ちると、300mはあるだろうか?
谷川岳での遭難者のほとんどが、この写真の一の倉沢での事故だ。ロッククライミングでしか登れない一の倉沢!自分の技量には合わないので挑戦はしない。左からの登れるコースがあるのだが、ここは無理をするところではない。
明日は、安全なコースを登る!
4/21 土合駅11:05-11:30マチガ沢-12:00一の倉沢12:20-12:40マチガ沢-13:05土合駅


2017/06/13(Tue) 18:49:00 [ No.813 ]
◇ 確かに書いてありましたが・・・ 投稿者:まだ旅人です。  引用する 
一の倉からの帰りに山岳センターで再確認したところ、国道であろうと登山で通ることを拒むことはできないです。とのことでした。
たぶん、作業が中断するので、言った事ではないかとのことでした。


2017/06/13(Tue) 18:50:31 [ No.814 ]
◇ 谷川岳の「土合駅」って? 投稿者:驚く旅人  引用する 
普通の駅?上り線は普通の駅ですが、下り線のホームがかなり異常です。
写真は、タイムトンネルではありません!この写真は、ホームから駅舎側を撮ったののですが、ここのホームに降りた人は驚くでしょう?よりもなんだこりゃ!ってなと所だ!
登り口に看板がありますので、次の画像を見てください。


2017/06/13(Tue) 18:52:05 [ No.815 ]
◇ この看板は正確ではありません! 投稿者:旅人です。  引用する 
462段338mと書いてありますが、これはこの直線に見えるところのみの数字です。
この先にも階段があり、500段を超えていたと思います。
間違えました、看板にちゃんと書いてありましたね。改札までの全部で486段ですね。
段数は別として、何でこんなことになったのか?その方が知りたいです。
この駅「土合モグラ駅」です。
この階段を普通の階段を昇るペースで完結した私は、登りきったところで汗が噴き出してきました。
途中に丸太のベンチが何箇所かにありました。普通は一気に登る階段ではありませんので、この駅に行った時には見栄を捨てたほうがいいと思いますよ。


2017/06/13(Tue) 18:53:13 [ No.816 ]
◇ 谷川岳山頂のモニュメントです。 投稿者:ようやく登山者です。  引用する 
前日、登山センターで気象情報を入手した時には、今日は晴れの予報だったのだけれども、朝からガスがかかっていた。
いくら登ってもガスは晴れるどころか、ガスが細雪になって吹雪状態になってくる。かなりの風があるので温度は氷点下であるが、気温は不明。かなりの寒さで、山頂で晴れを待っている間に、持っているものの半数を着込むしまつだ。
30分を度待ったが、ガスが引きそうにもないので、下山することとした。手先が痛い!


2017/06/13(Tue) 18:54:58 [ No.817 ]
◇ トマノ耳山頂でパチリ! 投稿者:観光登山者?  引用する 
山頂昼食にバナナ2本とミートボールを食べたが、やはり寒い。
山頂プレート前で久々の写真であるが、撮ってもらうのが申し訳なく思いつつ、頼んでしまった。
撮影するときは、厚手の手袋ではシャッターが切れないので、手袋を脱がなければならない。一人だけをとるのであればいいのだが、撮り始めるとほかの人からも撮影をお願いされるので、大変である。ゴメンナサイ!
あまり天候が悪く風が強いので、この先のオキノ耳に向かう登山者はいなかった。
4/22 天人平駅7:35-8:20避難小屋-9:25肩ノ小屋-9:30谷川岳(トマノ耳)10:15-10:20肩ノ小屋-10:50避難小屋-11:20天神平駅


2017/06/13(Tue) 18:56:41 [ No.818 ]
◇ 本州の山には、地図がは不要だ! 投稿者:迷わない登山者  引用する 
山でガスっている(ホワイトアウト)とコースをハズれてしまうので、地図とGPSを駆使して登るものだが、雪原に大量の足跡があり、コースを逸脱することがない。
また、後から次々と上ってくるので下山時に多いコースアウトがない。なんていい山なのだろうか?
北海道の山で、夏でもこんなに大勢の登山者を見ることはない。
これが、本州の冬でガスっている山の惨状なのか?
ロッククライミングの聖地「谷川岳」だからだろうか?


2017/06/13(Tue) 18:58:05 [ No.819 ]
◇ 谷川岳の犠牲者は? 投稿者:迷わない登山者  引用する 
土合駅からロープウェーに向かいトンネルを超えると慰霊碑などのエリアが有る。ここに昭和に入ってからの犠牲者の碑があり、名前が刻まれている。
大まかにカウントしてみると700を数える。ここは谷川岳だけである。自然と多くの犠牲者に合掌してしまう。
昔、谷川岳一の倉沢でナイロンロープを装備して滑落した時に、太いロープが簡単に切断されることを実証する画像を見た記憶がよみがえる。


2017/06/13(Tue) 18:59:20 [ No.820 ]
◇ 富岡製糸場 投稿者:ただの旅人です。  引用する 
軽井沢に行く前に、世界遺産となった富岡製糸場に寄ってみた。
夕方だが込んでいる。
修理に必要な経費を捻出するために、世界遺産に登録される前の入場は500円を、現在は1000円で、修理している建物へ入る場合は、200円のヘルメット使用料がかかるが、入ってい見るとヘルメットがどこで必要なのかわからない。
工場敷地は結構な広さがあるが、かなり放置されていたようで、建物の保存が悪く良く、その修理に大量の予算がかかるようで、その資金集めのために入場料を上げなければならなかったようだ。


2017/06/13(Tue) 19:00:49 [ No.821 ]
◇ 御代田町の別荘?です。 投稿者:ただの旅人です。  引用する 

大学の友人が、軽井沢の隣町である御代田町に別荘を持っているので寄ってみた。
隣町といっても、数百メートルで軽井沢町のことで、別荘が建っているところの周辺も別荘地帯だ。
建物内は、一般住宅ではなく、別荘の作り?になっていて、大きなまき薪ストーブがあり、ステンドグラスや油絵なども飾ってあったが、一人で住むには大きすぎる。
二階の吹き抜けの部分でゆったりとしな眠りにつき、翌朝6時に起床し、9時過ぎに旧軽井沢散策にでかけた。


2017/06/13(Tue) 19:02:01 [ No.822 ]
◇ 旧軽井沢の銀座通り? 投稿者:観光客です。  引用する 
軽井沢は、自転車で3時間ぐらい散策した。
確かに別荘は沢山ある。大きくて億単位から小さくて手頃な物までが、散乱している。当然メイン通りの土地が高く有名な別荘が並んでいるのだろうが、よくわからない。
見えるのは観光客で、別荘に暮らす人々はこんな所を歩いていないのだろうなと、思いつつ青天の軽井沢を風を切りながら走ってみた。
天候がよく暖かいが、二回目の軽井沢はないと思った。観光で来るところではない。
観光で来るのは、カネのない人種だ。と・・・・


2017/06/13(Tue) 19:03:19 [ No.823 ]
◇ いよいよ北アルプスだ! 投稿者:まだ旅人です。  引用する 
松本城の横を通って、安曇野に入り、白馬岳を猿倉から登りたいので、ワイファイが飛んでいる道の駅「ぽっかぽっかランド美馬」で一泊し、暗いうちに猿倉に向うも6km手前で冬季閉鎖中だった。これが準備不足の骨頂だ!
急きょ登る山を「唐松岳」に変更し、無料駐車場を探していると、有料駐車場のはずのロープウェイ直下の駐車場が無料開放だ!本当に北海道を出発前にちゃんと調べておけや!と思ったが、ロープウェイ料金も登山者専用割引料金が設定されていた。写真左から登り、赤矢印が唐松岳だ。


2017/06/13(Tue) 19:04:47 [ No.824 ]
◇ こんな風景が見られる。 投稿者:そろそろ登山者?  引用する 
唐松岳を登っていると北側に白馬岳(赤丸)が見える。
みんながあこがれる山だが、山肌に代馬の残雪型ができることから付いた山名なので読名は「しろうま岳」だが、学名に使われている物以外は「はくば」と読み、白馬村(はくばむら)、白馬駅(はくば駅)が正式名称だ。北アルプスで一番最初に登るはずだったが、後日の登山となった。
日差しが強く真っ青な空なのだが、まだサングラスも日焼け止めを使っていない。
300m程登ったところで、体調が優れないのだ。過去に北海道の駒ケ岳(強行登山5日目で、天候が悪い中の1日3座目。)で経験した状態だ。強行に行動すると眩暈と気を失う寸前の状態が続く。脈をみると脈がとれなくなったり、脈が止まる。かなりやばいと思いつつ登り続けたが、断念して下山するも一向に治らない。落ち着いたのは、山荘に着いたころだった。
4/24 八方池山荘8:35-9:50八方池(八方山)-10:40(2270m)-11:35八方池-12:20八方池山荘


2017/06/13(Tue) 19:06:52 [ No.825 ]
◇ 絶景だ! 投稿者:そろそろ登山者?  引用する 
南側には、五竜岳が鎮座している。
下の息子から電話が有り、急きょ5月19日までに北海道に帰らなければならなくなったので、今後の登山行動を思案中だ。
冬山を登りに来たのに、直ぐに帰るわけにはいかない。燕岳、穂高岳、槍ヶ岳、剱岳、白馬岳は登りたいが、天候と体調次第だ。どうしたことか!


2017/06/13(Tue) 19:08:07 [ No.826 ]
◇ 宇奈月温泉を散策 投稿者:旅人に戻ったかな?  引用する 
唐松岳にかなり体調が思わしくないないので、休養日を設けるしかないので、宇奈月温泉に向かい、黒部峡谷鉄道に乗ってきた。
全線開通は5月5日とのことで、途中までの乗車となったが、よくぞこんなところに線路をひいたものだと感心した。
その後「とちの湯」入り、黒部の水で洗濯をして、安曇野に戻った。


2017/06/13(Tue) 19:09:22 [ No.827 ]
◇ 安曇野のワサビ田だ。 投稿者:旅人  引用する 
前日の温泉は、体調を整えるための休養だったが、今日は天気が崩れる予定なので、安曇野のわさび田を早朝から見学した、わさびコロッケを食べた。
ここでも中国語が最盛期だった。
その後、白馬村の図書館に行き掲示板にアッするための画像整理をしたが、WIFIが飛んでいないのでUPは道の駅ですることとしたが、今日は安曇野から燕岳(つばくろだけ)登山口に行って泊まるので後日UPだ。山頂付近には燕山荘(えんざんそう)があり、疲労を見て宿泊を考えることとした。今は4月26日。


2017/06/13(Tue) 19:10:55 [ No.828 ]
◇ 危険な舗装の山道を登ったところが登山口だ。 投稿者:そろそろ復帰する登山者  引用する 
山奥の登山口(ラジオが入らない。)に夕方着いたのだが、無人の車が一台あっただけなのだが、翌日起きてみると十数台の車が止まっていた。
駐車場に来た時には、小雨が降っていて、調理には蚊帳用に設置した車上のポールを伸ばし、簡易的にブルーシートを張って雨をしのぎ調理をした。有意義な夕食をだった。それにしても、雨が降る淋しい駐車場だったが、その雨が50cmの積雪となっていた。


2017/06/13(Tue) 19:36:34 [ No.829 ]
◇ 登山道には50cmの新雪が積もっていた。 投稿者:冬山の登山者  引用する 
体調を気にしながら登ると精神的に体調が悪くなるもので、最初のい時間ぐらいは軽い体調不良が続いたが、疲労も回復していることから、精神状態の改良で体調も戻ったようだ。
最初はつぼ足(アイゼンを着けない状態で、雪道を歩くこと。)で登ったものの、30分もしないうちにアイスバーンの上に圧雪なのでアイゼンを装着したが、高度を上げるにつれて新雪の量が増してくる。
先行者が居るものの、新雪が深いため自分でもかなりのラッセルをしながら進むことになる。写真は、山荘が小さく見えるなだらかな場所で森林限界を超えているために雪が飛ばされている。


2017/06/13(Tue) 19:38:31 [ No.830 ]
◇ 燕岳山頂です。 投稿者:ようやく登山者かな?  引用する 
燕(えんび)山荘でカツカレー(1200円)を食べながら、250円の水((ペットボトル入り)飲み、元気も出てきたので山頂に向かう。他の登山者が自前のおにぎりに、豚汁(600円)を頼んでいたが、豚汁も食べたかった。
暗いが高曇りで360度の山々が見える最高の眺めだ。
山頂写真に自分が写っている場合は、山頂に他の登山者がいるということで、自分が写っていない場合は、一人占めの山頂である。ここは、急登と書いてあったが、危険のない山だ。山荘に泊まって雰囲気を味わってみたかったが、余裕が有りすぎる下山と、宿泊者がほぼいないようなので、次回の楽しみとした。雪山の下山は早い。


2017/06/13(Tue) 19:40:21 [ No.831 ]
◇ こんな景色が見られるなんて。 投稿者:憧れの山を見た登山者  引用する 
眺めがいい!
穂高岳を中心とするエリアが、北アルプスの最大の人気山域だろう。その中でも槍ヶ岳がどこから見てもすぐわかり、万人の登頂のあこがれの山である。中央の尖った山が槍ヶ岳である。これだけ近くに見えるとは思ってもみなかった。登山口に車を置いていなければ、間違いなく槍岳に向かっていたことだろう。
4/27 駐車場6:00-6:15登山口-9:50合戦小屋-11:25燕山荘12:15-12:55燕岳13:00-13:30燕山荘13:40-14:45合戦小屋-15:35登山口-15:45駐車場


2017/06/13(Tue) 19:42:02 [ No.832 ]
◇ 厳冬の槍ヶ岳だ。 投稿者:眺める登山者  引用する 
この山と剱岳に登るのが、最大の目的かな?て言うくらいに登りたい山だ。夏でも事故が起きるところだが、ここを冬に登りたいと思ってた。数日後にピッケルアイゼンを駆使して登るのだが、危険や極まりない登りと下りだ。ヘルメットよりピッケルが2本必要だが、持っているのは平凡なピッケル1本だ!
それにしても憧れのかっこいい山だ。


2017/06/13(Tue) 19:43:43 [ No.833 ]
◇ 北アルプス南部の焼岳山頂からだ。 投稿者:迷える登山者  引用する 
山頂からの穂高岳方面の全景だ。
こんな晴れた日の登山は、なかなかできるものではなく、最高の気分になる。
新雪が多いのでほとんどの踏み跡が消えていて、地図とGPSを頼りに新道分岐まで直登である。
そこから山頂近くのこるまでは、天候が良いことからでブリを見ながら雪崩を脳裏に置き谷をトラーバースして谷をつめる。
噴煙を見ながらきつい登りをピッケルの枝を刺しながら山頂を目指すと、なだらかな開けた山頂に出る。
360°全開の景色が広がる。


2017/06/13(Tue) 19:45:44 [ No.834 ]
◇ 焼岳山頂からのショットだ! 投稿者:登山者  引用する 
焼岳は北アルプス南部の活火山で、糸井川側にも同じ名前の活火山がある。
このショットは、明日登る穂高岳全景で、南側から西穂高、奥穂高、前穂高、北穂高岳などの総称だ。
4/28 駐車場9:20-10:50新道分岐-12:20焼岳12:30-13:05新道分岐-14:00駐車場


2017/06/13(Tue) 19:47:07 [ No.835 ]
◇ ここからは、上高地の全景が眺められる。 投稿者:登山者  引用する 
焼岳は上高地の南西にあり、上高地を一望できる位置にある。写真の右手前にあるのが、有名な大正池だ。

2017/06/13(Tue) 19:48:32 [ No.836 ]
◇ ここは、穂高の湯。 投稿者:湯治者  引用する 
この湯は無料で、協力金で運営されている混浴の温泉だが、この季節だと少々ぬるい。
湯を導く管が湯船の中央にあり、その近辺にいると体が温まるものの、周辺ではぬるいお湯だ。でも、爽快な湯で、快適だ。
当然湯船が一つしかないので混浴であるが、女性の姿もそれなりに見られる湯だ


2017/06/13(Tue) 19:50:20 [ No.837 ]
◇ 新穂高から西穂高岳に向かう。 投稿者:登山者  引用する 
昨日は新穂高の登山者専用駐車場で泊まった。
今日の天気は曇りで、午後から下り坂に雷を伴うとの予報であったが、この山であれば天気予報が間に合うかな?と登山開始だ。
西穂高山荘を超えたところで、山岳パトロールのスタッフ二名と会い、その後ほぼ同行状態となる。
パトロールが独標までとのことなので、同行する。
独標ピークで休んでいると、ピラミッドピークまで行こうということになり、三人で向かった。
冬なので、ピッケルがないと独標までも行けない。
目の前に見える三角の山は、ピラミッドピークではなく、ほぼ中央に見えるのがピラミッドピークで、その右側の丸みをおびた山の左でピラミッドピークの影に隠れているのが西穂高岳だ。
ピラミッドピークまででも結構危険です。間違えば命がない。


2017/06/13(Tue) 20:07:34 [ No.838 ]
◇ ピラミッドピークだ。 投稿者:登山者  引用する 
写真の奥に見える三角ピークが西穂高山頂だ。写真では山頂までは難しそうに見えないが、天気予報を重視してここで引き返すこととした。後から来たグループは、西穂高岳に向かった。夏の状況はわからないが、ここのサイドは切り立っていて、危険だ。
4/29 西穂高口駅8:40-9:30西穂高山荘-9:45丸山-10:35西穂独標10:45-11:20ピラミッドピーク11:30-12:00西穂独標-12:20丸山-12:40西穂高山荘13:35-14:15西穂高口駅


2017/06/13(Tue) 20:08:58 [ No.839 ]
◇ 西穂高岳全景  投稿者:登山者  引用する 
右手前の白い山が丸山、次の黒いピークが独標、写真の中で一番高く見えるのがピラミッドピーク、一番奥に見えるのが西穂高岳だ。天候を気にしながら西穂高山荘に戻り、味噌ラーメン(800円)を食べて下山したしましたが、ロープウエイの乗り場に着く前に激しい雷に遭った。山での雷は、吹雪以上に恐ろしい存在だ。

2017/06/13(Tue) 20:10:49 [ No.840 ]
◇ 新穂高から槍ヶ岳に向かう。 投稿者: 冬山の登山者  引用する 
画像は、槍平手前の中間地点で、登ってきた方向だが、写真で見る傾斜より急な所だ。アルプス的画像で、いい景色だ。この日は晴天なので景色を楽しみながら登ってきたが、ここから槍ヶ岳山荘まで夏時間で5時間で、新雪が降った今日はそれ以上にかかるだろう。燕岳に入ってから4日目であるが、新雪が1m降っている。登山道につながっている急こう配の谷のほとんどに大量のデブリが(雪崩たあとの雪塊)見られ、緊張しながらの通過だ。
今日は日差しの強い太陽は出ているので、すでに雪が腐って(やわらかくなる。)いるので、膝まで埋まるところが多く、ここからの登りが大変だ。雪雪崩の危険な時間帯でもある。


2017/06/13(Tue) 20:12:12 [ No.841 ]
◇ 冬の穂先は極めて危険だ! 投稿者:瀕死の登山者  引用する 
槍平から4時間30分で山荘に着いたのだが瀕死の状態である。受付で明日の天気を確認すると、槍の穂先に登るのは無理だろうと言われ「登るなら今です!」と受付の女の子に言われたが、空腹瀕死の状態を横に置き、急きょ登頂にチャレンジしようと外に出ると、同年代の登頂者から危険だからヘルメットを貸す言われ登り始めるが、危険極まりない。
登攀路が氷と雪で埋まっていて鎖と手掛かりとなる岩が見えないので、アイゼンをけり込みピッケルの先を氷に打ち込んで登るのだが、先行者が落とす氷が降ってくる。垂直よりトラバース(横移動)が危険で、下方を見ながらだと勧めなくなる。登攀の基本は3点確保だが、両足にアイゼン、片手にピッケルでもう片方の手で確保するところがなく、3点確保すると進めなくなる。ほぼ2点確保の危険な状態でしか登ることしかできない。通常のピッケルは雪山用の物で、アイス用のピッケルではない。2本のアイス用ピッケルがほしいのであるが、それは北海道のタンスの中だ。ヘルメットは持ってきたものの、車の中である。


2017/06/13(Tue) 20:13:53 [ No.842 ]
◇ 360°最高の眺めだ! 投稿者:危険な登山者  引用する 
槍ヶ岳に登って、これほどの好天を望んではいなかったが、最高の景色だ。高さを考えず、また、下山を考えなければず〜と眺めていたい。しかし、夕食は17時ですので時間までに戻ってくださいと、受付の女子が行っていたので、山頂にいた4人は急いで下山を開始した。
登山は、登りより下山に事故が起きる確率が高く、岩場の下りは足の置き場が見えなくなることから更に危険である。
穂先から降りたときの会話が「いや〜無事に戻れましたね。こんな危険なところなんで登るんですかね?」って、自分に聞いてみろや!


2017/06/13(Tue) 20:15:19 [ No.843 ]
◇ これが槍ヶ岳の穂先です。 投稿者:登山者  引用する 
近間で撮った写真だと普通の山に見えますね。夏場は危険なところに鉄の梯子と鎖が付いているが、冬なもんで鎖は雪の中に隠れているが、ちゃんとした装備で登ると危険はありませんよ。と言っても滑落すると基部まで止まりません。中央の小さな槍が、子槍です。
4/30 新穂高岳温泉駅12:35-7:50避難小屋-8:45白出沢-9:35チビ谷-10:00滝谷避難小屋-10:55槍平小屋-13:10分岐-15:10飛騨乗越-15:30槍ヶ岳山荘15:50-16:25槍ヶ岳16:35-17:05槍ヶ岳山荘


2017/06/13(Tue) 20:16:52 [ No.844 ]
◇ 食事時間を15分過ぎてますよ! 投稿者:困った登山者  引用する 
せっかくこの憧れの槍ヶ岳に登ったのだから、食事時間を気にしている時ではないと、登った4人で写真の取り合いだ。仕方がないね!

2017/06/13(Tue) 20:18:10 [ No.845 ]
◇ はじめての山小屋ご飯だが・・ 投稿者: 瀕死の登山者  引用する 
北海道にも営業山小屋(黒岳石室(売店あり)、羊蹄山避難小屋(売店なし))はあるが、食事の提供はない。
味噌汁とご飯は食べ放題だ。空腹だったので、味噌汁3杯、ご飯山盛り2杯食べたものの、空腹で槍ヶ岳を登ったためか、購入した500ccのビールを飲むのがやっとで、担ぎあげたペットボトル入れた泡盛500ccに手をつけることはなかった。
連休中の日曜日だったためか宿泊者は20人程度だった。ここ槍ヶ岳山荘は3060mにある650人が泊まれる小屋だ。小屋まで夏の標準時間(休憩含まず)では、上高地から9時間、新穂高から8時間40分


2017/06/13(Tue) 20:19:58 [ No.846 ]
◇ 食堂風景 投稿者:満腹の登山者  引用する 
槍ヶ岳山荘は人気の山荘ですが、この日は20名程度の宿泊者で静かな夕食でしたが、650人が食事をとることを考えると、かなり大変な状態だろうと思われる。
手前が入口で、右奥に調理場がある。中央の丸い柱は鉄柱で、屋根の雪を支えるのに為の構造だ。


2017/06/13(Tue) 20:22:16 [ No.847 ]
◇ 受付のメニュー 投稿者:登山者  引用する 
高く感じますか?それとも安いですか?全ての物をヘリコプターで運んでいます。
その他のメニュー
スーパードライ(500ml)750円、(350ml)500円、ジュース類300円
ほっとコーヒー、ココア、ミルク各500円、カップめん400円
クラムチャウダー、ミネストレーネ各600円
カレーライス、牛丼、焼き肉丼、ラーメン、山菜うどんなど各1000円
おでん600円


2017/06/13(Tue) 20:23:39 [ No.848 ]
◇ 山小屋の朝食 投稿者:食いしん坊な登山者  引用する 
夕食と同じように、味噌汁3杯、ご飯山盛り2を食べた。
このくらい食べないと、体力が持たない。
この日の下山は、出だし吹雪、中間みぞれ、後半小雨で、下山完了のときには、かなり濡れていた。
下山後荒神の湯に行ったのだが、駐車場入口にワゴン車が引っかかるほどの高さにワイヤーが張ってあり、車上の自転車が引っかかり、自転車と自転車台を破損する。
道の駅「宙ドーム神岡」近くのコインランドリーをはじめてつかってみたが、多くの主婦の使用にびっくりした。
5/1 槍ヶ岳山荘7:15-7:25飛騨乗越-8:05分岐-9:15槍平小屋-9:50滝谷避難小屋-10:10チビ谷-11:15白出沢-11:55避難小屋-12:35新穂高岳温泉駅


2017/06/13(Tue) 20:24:58 [ No.849 ]
◇ 雷鳥ヒュウッテからの夕映え 投稿者:疲れた登山者  引用する 
天候とゴールデンウィークの混雑を避けるためにはと思い、立山駅に向かう。
しかし、連休合間の平日にも関わらず駐車場が満杯だ。やっとの思いで駐車場を確保し、登山準備をして切符を買いに行くと、3時間待ちだとのこと。その間に山荘の予約をしたり、車の中の整理をしたりとやっているうちに、時間が過ぎる。
室堂に着くと観光客で大渋滞で、なおかつ、日本語より中国語がまかり通っている。昔の農協的で恐ろしい。しかし、室堂から1時間ほどかかる雷鳥ヒュッテまで来ると日本語以外に聞こえない。
ヒュッテについて、ヨーロッパアルプスリゾートの様に山を眺めながらアルコールをたしなむ!をしたかったのだが、テーブルが一つしかなく、そこにはそれを楽しんでいる吾人が独り。その隣に陣取り飲み始めると、会話が弾む。楽しいひと時だった。
5/2 室堂14:55-15:30雷鳥沢ヒュッテ


2017/07/29(Sat) 10:35:51 [ No.868 ]
◇ 夕映えを肴に!  投稿者:ヨーロピアンな登山者  引用する 
晴れた夕暮れのヒッテ前で、の〜んびりとグラスを傾ける。2400mから3000mの山々を眺め、夕映えが景色を変えてゆく。最高の自然の時を過ごせた。酒と山々に乾杯!

2017/07/29(Sat) 10:38:29 [ No.869 ]
◇ 雷鳥沢ヒュウッテの夕食 投稿者:登山者  引用する 
小屋の近くまで輸送手段があるので、今回の山小屋経験では一番豪華に感じた夕食だ。これだけの夕食だと、酒もすすむ。ここでも外で一緒に飲んだ人と一緒の席で、その後の会話も弾んだ。回りを見ると多くの登山者(女性も)がビールやワインを飲んでいる。
また、このヒュッテには風呂があり、それが源泉かけ流しで、大きな銭湯ほどもある。山小屋で温泉に入るのは、贅沢な最高の時間だ。部屋にも暖房が通っている。


2017/07/29(Sat) 10:41:24 [ No.870 ]
◇ 今日の朝食は7時と遅い。 投稿者:登山者  引用する 
この立山に来たのは、剣岳に登るためと言っても過言ではないが、朝食が7時だと時間的に無理と感じる。と言いながら出発した。

2017/07/29(Sat) 10:42:49 [ No.871 ]
◇ 雷鳥沢ヒュウッテの料金表 投稿者:のんべえの登山者  引用する 
お酒が極端に安い。グラスワインが200円、ビールジョッキーが600円、飲まないわけにはいかない。

2017/07/29(Sat) 10:44:20 [ No.872 ]
◇ 剱岳全景 投稿者:危険な登山者  引用する 
ヒュウッテを7時30分に出発し、剱御前小舎に8時45分に着いたものの目に汗が入ると瞼を開けていられないほどの痛みが走る。これ以上進めないのでないかと思ったが、雪で目を冷やし洗うこと20分位で普通に目を開けられるようになった槍ヶ岳小屋の夜にも痛みが出て、寝ながらペットボトルで冷やしたものだが、今回はそれを上回っていた。雪目と日焼け止めと汗がミックスとなり痛みが増したらしい。
剱御前に9時35分に着いて、通常ルートではない尾根沿いに進むものの、黒ユリのコルに降りるには急傾斜なので、いったん剱沢側に降りてから黒ユリのコルを通って一服剱(中央一番下が一服剱、中央の白い傾斜の山が前剱、一番頂上が剱岳)に向かう。写真では、少々危険に見える程度だが、今回の連休に事故が多発した山やまだ。


2017/07/29(Sat) 10:46:24 [ No.873 ]
◇ 前剱からの剱岳 投稿者:時間切れの登山者  引用する 
今日の前進は12時までと決めていたので、前剣(ぜんけん)中止としたが、ここからの眺めだと前剱を登るより安全に見えるのが不思議だ。
赤矢印が登山者だが、右に回り込むとカニの縦バイ、横バイがある。前剱から1時間30分の行程だ。
時間が有ったら進んでいただろうが、朝食が遅かったので無事に帰ることができた様に思える。引き返す判断が重要だ!


2017/07/29(Sat) 10:49:05 [ No.874 ]
◇ 前剱斜面 投稿者:戻ってきた登山者  引用する 
今回起きた剣岳での事故は、この前剱より下部で起きているが、ほとんどがバリエーションルート(通常ルートではないルート)の様だ。この山域では、ちょっとしたことから事故が起きるもので、準備周到でも事故に合うし、全くど素人が行っても起きない時には事故は起きない領域だが、危険確率は自ずと違う。
この画像は一服剱付近から前剱を撮ったもので、剱岳は陰になって写っていない。
赤いしるしは登山者で、雪面の中間からの傾斜はきつく、一回のキックステップでは不安になるほどで、ピッケルも長い柄を全て差し込んでの登攀となる。キックステップの時に足元を見るが、その下を見ることはしない。見ると行動できなくなるほどの急傾斜なので、滑落するとピッケルでは止まらずに数百m滑落後どうなるのだろうか?考えたくもない!


2017/07/29(Sat) 10:51:34 [ No.875 ]
◇ 登山ズボンが犠牲に! 投稿者:負傷しなかった登山者  引用する 
黒ユリのコルまで戻って、往路でエスケープしたルートを戻れば何の問題もなかったのだろうが、通常使わない尾根ルートを選んだのが間違えであった。
この尾根道は、急こう配の登りで富山側が崕となっているので、ルートファンディングが難しく、急傾斜を避ける為に一度崕側に入るのだが、トラバース時に無理をして進んでしまったことから戻ることも前進することもできなくなってしまった。
目の前は2m程の垂直な壁で50cm程のオーバーハング、その左側に2m位の一枚岩だ。数回トライしたものの荷物を背負って超えることができない。オーバーハング先端に手をかけて体重をかけた瞬間に下半分が剥離して右ひざに落ちたが痛くはなかった。
リュックをデポするためにリュックとピッケルをロープでつなぎ、急傾斜なので石組をしてリュックを安定させてピッケルを岩を乗越したところに打ち込んで安定させた。
オーバーハングの岩をあきらめて、左側の垂直な岩を登ることとし、片手を伸ばしてリフトアップで小さな足がかりを利用して両手が岩上部に届いた。
心の中で「前だけを見ろ!前へ進め!」と言い聞かせて岩上部に半身が出てからが勝負で、その先の傾斜を超えるのが大変であった。
当然のようにリュックも素直には上がってこなかった。崕を覗きながらの作業は素直に恐ろしいものだ。
登山ズボンの膝の破れに気付いたのはヒュウッテに戻ってからで、これほどスッパリ切れているのに怪我がなかったのは、岩が落ちたところに二重になった膝サポーター(ザムスEK-3)があったからで、なかったらと考えると恐ろしい。
あの位置で膝の皿に負傷したものならどうなっていたことだろう。まして、登りそこなって滑落でもしようものなら、登山者が通るところではないので見つからない所だ。無事でよかった!ここで25分費やした。
リュックとピッケルをロープで結んでいるときに、防寒用の手袋の片方が犠牲になって滑落して行ったが、その先を確認していない。
また、余裕がなかったのだろうと思っているのだが、ここの写真がない。航空写真を確認したが、やはり崖だった。


2017/07/29(Sat) 10:53:15 [ No.876 ]
◇ 前日と同じ夕食ではなかった。 投稿者:不死身の登山者  引用する 
前剱から帰ってきて、またヨーロッパ的雰囲気を味わった後に夕食でしたが、前日の夕食とは違っていた。担ぎあげた泡盛を飲みながらの夕食は、美味しかった。十分な酒の肴だ!
5/3 雷鳥沢ヒュッテ7:30-8:45剱御前小舎9:10-9:35剱御前-10:15黒ユリのコル-10:50一服剱-10:55武蔵のコル-11:45前剱(前剱コルまで)11:55-12:35武蔵のコル-12:45一服剱-13:05黒ユリのコル-13:28ロッククライミング13:53-14:50剱御前-15:15剱御前小舎-16:00雷鳥沢ヒュッテ


2017/07/29(Sat) 10:54:55 [ No.877 ]
◇ 雷鳥沢ヒュウッテ食堂風景 投稿者:登山者  引用する 
連休の一番人が入りやすい日であるが、雷鳥沢ヒュウッテの定員250人に対し、百人はいなかったと思う。ほとんどの人がビールや日本酒を注文して楽しんでた。ここ立山(みくりが池周辺)には、ロッジ立山連峰200人、雷鳥沢ヒュウッテ250人、雷鳥荘300人、大日平山荘50人、みくりが池温泉120人、ホテル立山284人、立山室堂山荘200人がひしめき、約1400人が泊まることができ、近くまで輸送手段が来ていることと、源泉が近くにあることから全ての小屋に温泉が有るため、他の山小屋とはかなり違っている。

2017/07/29(Sat) 10:56:30 [ No.878 ]
◇ 雷鳥沢ヒュウッテ2回目の朝食 投稿者:大食いの登山者  引用する 
食事は味噌汁3杯、ご飯山盛り2杯は変わらない。おいしい朝食で、十分に楽しむことができるのだが、豆は面倒くさい。

2017/07/29(Sat) 11:01:24 [ No.879 ]
◇ 早朝の奥大日岳 投稿者:のんびりな登山者  引用する 
こんな風景が、3000mに近いところで風呂あり、食事あり、布団あり、ビールあり、暖房有りの贅沢な場所にある。
ここは登山者も来るが、今の時期はスキーやボードを担いで登ってく人も多く、若い単独のボーダーや70歳を過ぎるスキーヤーも居る。いろんなスタイルで楽しめるエリアだ。


2017/07/29(Sat) 11:03:10 [ No.880 ]
◇ 別山からの剱岳 投稿者:登山者  引用する 
別山をトラバース(横切る)してみると、初心者が通るには危険だなと思いつつ渡りきったところで写真を撮っていると「ああ・・」と女性の声が聞こえ、声の方向に眼をやると、まさに滑落の瞬間だった。
注意を怠らなければ問題ない所なのだが、5人パーティ-後方の女性が20mほど滑落し足首を骨折でした。雪面をトラバースし、低いハイマツが岩を覆っている所を縦の渡ろうとした時にアイゼンをハイマツに引っかけて転倒し滑落したもので、アイゼンに慣れていないと往々にして起きる事故だ。


2017/07/29(Sat) 11:04:41 [ No.881 ]
◇ 立山連峰 投稿者:のんびり登山者  引用する 
ここ立山は剱岳のついでの山で、逆に(低い方から)登ったので、結構時間がかかった。

2017/07/29(Sat) 11:06:51 [ No.882 ]
◇ イワスズメ? 投稿者:登山者  引用する 
「写真を撮ってください。」とポーズをとる岩雀だと思う。
前日、帰りの別山乗越で、奇妙な声を出しながら飛んでいる雷鳥を見たが、写真は撮れなかった。


2017/07/29(Sat) 11:08:21 [ No.883 ]
◇ ラッシュの山道 投稿者:登山者  引用する 
真砂岳の北からの登りだが、登山者がいっぱいだ。立山のゴールデンルートだ!
昨日の剱岳ですれ違ったのが一人なのに、このルートですれ違った登山者は数え切れないほどだ。


2017/07/29(Sat) 11:09:47 [ No.884 ]
◇ 立山の守護神 投稿者:登山者  引用する 
霊験あらたな山で、かなりの霊山に感じた。
室堂(2433m)までバスが来ているので雄山神社(3003m)までは標高差570mなので思った以上に簡単に登れる山で、周囲の山々を眺めるに最高の所だ。
剱岳とはまったく違って、沢山の登山者が往来する。


2017/07/29(Sat) 11:11:03 [ No.885 ]
◇ 雄山全景 投稿者:登山者  引用する 
雄山を一の越山荘側(南西)の雄山全景であるが、前景の集団は全て中国人だ。こんなところまで中国人が進出している。
ここから室堂まで通常1時間であるが、走って25分だった。
5/4 雷鳥沢ヒュッテ-7:25-9:10剱御前小舎-9:50別山-10:45真砂岳-11:40大汝山-12:20雄山-12:55一の越山荘-13:20室堂


2017/07/29(Sat) 11:13:50 [ No.886 ]
◇ 立山名物「雪の大谷」 投稿者:停滞の登山者  引用する 
 
室堂に着いたものの、室堂は大混雑で外にはみ出す勢いだ。美女平に向かうバスの行列が屋上の出口まで続いている。1時間後にバスに乗り込むものの、立山駅に向かう登山電車に乗るのに1時間30分かかるとのこと。立山駅駐車場に着いたのは、17時を回っていた。室堂に着いたのが、13時20分なので、これでも登りより時間がかかっていないのかも知れない。
写真は、室堂名物の雪の大谷であるが、一番高いところで15m程あるそうだ。


2017/07/29(Sat) 11:15:19 [ No.887 ]
◇ 再度欅平に挑戦 投稿者:再来の旅人  引用する 
十年ほど前に室堂までこの時期に上がったものの、黒部峡谷鉄道に寄ることはできなかった。4月25日に峡谷鉄道に乗ったものの、笹平までだったので意気消沈した。今回こそ下の廊下に行けないにしても、楽しめるだろうと期待して行ったのだが、NGだった。だったら、こんな宣伝と同時に行ける範囲を表示すれや!と怒り消沈だ。ふざけるな!と回りの声が聞こえる。現実的の欅平狭い周辺の実の行動範囲に制限されていて、トロッコ列車だけを楽しむ状態だ!

2017/07/29(Sat) 11:17:12 [ No.888 ]
◇ 猿倉の駐車場から登り始める。 投稿者:迷える登山者  引用する 
地図を見ないで行動を開始しようとすると先行する山スキーの者いて、行先を聞かないで跡を着いて行くと結構急こう配を登っていくと平坦地に出た。地図を全く見ていなくてもコースが違うこと理解できた。50分ほど登ったところで地図を確認すると、白馬鑓(やり)温泉小屋への登山道だったので、本来のコースに最短で戻るコースを選択した。
読図ができなければ猿倉付近まで戻らなければならないが、30分程の最短ルートでどうにか戻れた。このような行動とるとだいたいは大変なことになるのだが、大丈夫のようだ。1時間のコースを1時間35分かかったことになる。先が長いのだから、こんな出だしでくじけるわけにはいかない。


2017/07/29(Sat) 11:18:40 [ No.889 ]
◇ 大雪渓? 投稿者:疑問の登山者  引用する 
確かに大きな雪渓だが、谷に雪が詰まっているだけではないのか?ちょっと違うが、芦別岳の本谷の方が私にとって好きな光景だ。

2017/07/29(Sat) 11:20:22 [ No.890 ]
◇ 悪天と強風の山頂 投稿者:ビビる登山者  引用する 
今まで雲ひとつない青空だったのが、離山にかかると急に強風に乗って寒気と雲が入ってくる。白馬岳山頂宿舎に着くころにはホワイトアウトで、足跡も見えなくなる。白馬山荘に着くころには強風と氷点下で、急に白馬山荘が目の前に現れる状況だ。受付をしたものの昼の食事提供がないことから、カップめんの購入してビールとともに談話室で食べる。
寒気が急速に入ってきているので天候の回復が見込めないとのことなので、今日のうちに山頂を踏むこととし、強風でホワイトアウトの中を山頂に向かったが風が強すぎる。体が持っていかれるので、時折地面に伏せることとなる。後でわかったことであるが、登山道の直ぐ東側は垂直の崖で、強風時(西風)に登るのは極めて危険だと理解する。


2017/07/29(Sat) 11:46:52 [ No.891 ]
◇ 山頂モニュメントから南東画像 投稿者:強風に負けない登山者  引用する 
天候が回復したので再度山頂に行ったのだが、雲がないと先の行動が危険な事を感じた。先にも書いたが、東側には山がないのだ。
晴れると遠方までの山々げくっきり見えて、このうえない景色だ。その全体を掲示板に掲示することはないだろう。
私ににとっての白馬岳のイメージは柔らかいものがあったが、切れ立った山頂を見たことから考え方が変わった。登りそのものは危険のない山であるが、信州側のそれは違っていた。


2017/07/29(Sat) 11:49:13 [ No.892 ]
◇ 白馬岳山荘全景 投稿者:一人だけの登山者  引用する 
南から見た白馬岳山荘だが、霧の一瞬晴れた時の見たものは「何だこりゃ」だったが、全景を見ても大きい。
800人が泊まれる所に宿泊者が一人の環境を味わえるなんて、最高の贅沢だ。
赤い建物から左側を散策したのだが、本当に大きい。
日本で一番大きな山小屋ではないだろうか?ネットで調べてみると、やはり日本で一番大きな山小屋だ。
そこに一人の登山者だけが宿泊する。


2017/07/29(Sat) 11:52:07 [ No.893 ]
◇ 男性トイレ全景 投稿者:全開で利用した登山者  引用する 
さすがに全館暖房が入っていないので寒いトイレです。
冷たいスリッパを履きたくないと思うのは私だけだろうか?
窓が有るのだが、どの窓にも半分ほど雪の影があった。


2017/07/29(Sat) 11:54:29 [ No.894 ]
◇ 食堂全景 投稿者:暖かいところで食事の登山者  引用する 
ここで600人が食事をするとは思えないが、今日は奥でスタッフが食事を楽しんでいる。

2017/07/29(Sat) 11:56:44 [ No.895 ]
◇ 談話室の夕食 投稿者:特別待遇の登山者  引用する 
どこも暖房が入っていない中で、談話室と乾燥室に暖房を入れてくれた。
食堂は広いので暖房を入れても暖かくはならない。
談話室で泡盛を飲んでいると、食事を談話室に用意してくれた。これが600分の1の対応と理解した。
ご飯もみそ汁もお代わり自由なだけ入っている。一人のため時間制限もない。
居心地のいい時間だ。資料を見ながらテレビ観賞ができた。


2017/07/29(Sat) 11:58:50 [ No.896 ]
◇ 白馬山荘の夕食 投稿者:食べすぎの登山者  引用する 
ここでもみそ汁を4杯、ご飯を3杯たべた。これだけ食べても全く体重が増えないどころか、減っている。
行動過多である。アルコールの注入でどうにか体重を維持しているのか?
山小屋の食事は美味しい!


2017/07/29(Sat) 12:00:59 [ No.897 ]
◇ 白馬岳山荘の朝食 投稿者:食べすぎの登山者  引用する 
いくら食べても体重が増えないので、食べられるだけ食べる。
これが山を歩くエネルギーの基本なのだろうが、この条件が山小屋に泊まることで、北海道での縦走を考えるとかなりの過保護に思える。それにしても金額にまさる山小屋利用を歓迎だ。


2017/07/29(Sat) 12:03:34 [ No.898 ]
◇ 東面の剱岳 投稿者:早起きの登山者  引用する 
早朝の白馬岳はとても寒いので、二階の窓を開けて撮った写真である。
立山からのそれとはかなり違う様相だ。


2017/07/29(Sat) 12:05:34 [ No.899 ]
◇ ペットボトルは凍るもの 投稿者:驚く登山者  引用する 
昨夜寝るときにペットボトルに水を入れて枕元に置いた。
朝食後パッキングを寒い寝室でするより、談話室でしようと全ての物を運びパッキングを始めると、ペットボトルの中が光っている。氷結である。
暖房が全く入っていない2800mの山荘だもの、ペットボトルが凍るのは不思議ではない。
一人だったので、敷布団はダブルで、掛け布団はトリプルで寝たので寒さは感じなかったのだが、ペットボトルは寒かったようだ。


2017/07/29(Sat) 12:07:47 [ No.900 ]
◇ 大雪渓で雪崩 投稿者:順調な登山者  引用する 
私が谷川岳から猿倉に入ろうと先月後半に来たものの、道路閉鎖で入ることができずに唐松岳に向かったのだが、その2日後に大雪渓上部で二人が雪崩に巻き込まれ、一人がなくなりこの画僧の雪の中に埋まっている。夏にならなければ見つけられないとのことであった。
谷であり木がなく雪崩が起きるのはしかたがないのであるが、谷側面からではなく、本谷正面からの雪崩で、見るからに発生の確率が少ない所ではないかと思われる雪崩の様だ。
高校山岳部合宿での雪崩もあったが、雪崩の先端に巻き込まれたらどのような装備をしていても無駄だ!というのが持論で、ましてや一人で登るのにビーコンやゾンデ棒が有ったとしても何の役にもたたないと思っている。


2017/07/29(Sat) 12:09:49 [ No.901 ]
◇ 白馬岳東側の様子 投稿者:下山した登山者  引用する 
この写真は大雪渓を下ったところから撮ったもので、山頂部分を拡大したものだが、雪がつかないほどに切れ落ちているのがわかる。
イメージとは全く違う山で、沢山の登山者は山荘を楽しむために行くのだろうか?
下山後「おびなたの湯」に入り、道の駅「ふるさと豊田」に向かった。
5/7 猿倉駐車場6:50-7:40コース変更(間違いに気づく)-8:25白馬尻小屋(本来のコースに戻る。)-11:10葱平(なぶっかっぴら。大雪渓の上端)-12:40頂上宿舎-13:00白馬山荘14:15-14:35山頂-14:45白馬山荘


2017/07/29(Sat) 12:11:57 [ No.902 ]
◇ 北アルプスに登った場所で期間中におこった遭難事故 投稿者:ビックリしている登山者  引用する 
★ビックリしましたね。自分が登った山域で、登った期間にこれだけの事故が起こっています。これをどう考えるかはそれぞれでしょうが、事故の多さにビックリしていますが、先にも書きましたが、完ぺきな装備と経験が有っても事故は起きる。逆に簡素な装備で、未熟な経験でも事故が起きない時には起きないのが、この山ですが、・・・・・・。5月4日に現実に目の前で滑落事故を見ました。20m滑落し、足首骨折でした。軽症でよかった。

●4月28日午後1時30分ごろ、北アルプスの白馬大雪渓で雪崩が発生し、登山者2人が巻き込まれ、 1人は自力で脱出したが、もう1人(長野県内の30代の男性)は長野県警が捜索したが発見に至っていない。雪崩は、長さ約300m、幅約60mに及んだ。白馬岳付近では、新たな積雪があって、旧雪との不連続面で雪崩が起きたのかもしれない。
●2月20日、家族と八方尾根スキー場にスキーをしに来ていた沖縄在住の米国人医師の30代の男性は、1人でスキーをしていて、遭難した。県警や関係者による捜索が行われたが、見つかっていなった。男性は、4月25日、白馬村南股川の河川敷で発見されていた。発見当時、スキーだけが雪から出た状態で一般のスキーヤーが発見したもの。死因は窒息死とみられ、雪崩に巻き込まれた可能性が高い。
●4月30日、富山県の剣岳の標高2,700付近の源次郎尾根で雪崩が発生した。近くにいた富山県警の山岳救助隊の隊員が、雪崩に巻き込まれるのを目撃した。この雪崩で男性2人が巻き込まれ、1人は自力で脱出したが、もう1人(男性は60代の静岡県在住)は救助後に死亡が確認されました。
●4月30日、前穂高岳では、いずれも愛知県在住で40代の男性と20代の男性の2人パーティーが、道迷いで動けなくなりビバーク。その後も荒天で動けず、救助を要請した。
●4月30日、八方尾根でバックカントリーでスノーボードをしていて滑落し、あばら骨を折り救助を待っていた神奈川県の20代男性が、1日になって長野県警の山岳救助隊の地上部隊によって救助された。
●5月1日、北アルプス北穂高岳にて、82歳男性が山頂付近で足を踏み外し、北穂沢方向へ滑落し、頭部外傷等の重傷を負う山岳遭難が発生。県警ヘリにより、無事救助された。
●5月1日、北アルプス八方尾根にて、29歳女性が八方尾根スキー場のコース外斜面へ入り込んだ後に道に迷い、沢筋の川に落水して低体温症により行動不能となる山岳遭難が発生。県警ヘリにより、無事救助された。
●5月4日、北アルプス奥穂高岳にて、静岡大学山岳部2年の20歳男性が奥穂高南陵を登攀中、アイゼンを滑らせ岳沢方向へ滑落。多発外傷により死亡する山岳遭難が発生した。山岳部の部員4人と前日から入山していた。
●5月4日、立山連峰別山で和歌山県の40代女性が、山頂付近で約20m滑落し左足首を骨折した。
●5月4日、奥穂高岳のコブ沢付近で雪崩が発生し、3人パーティーのうち男性1人が巻き込まれました。心肺停止の状態で長野県警のヘリで救助されたが、その後死亡が確認された。
●5月4日、5月4日、北アルプス北穂高岳にて、29歳男性が北穂沢インゼル付近を登山中、発生した雪崩により滑落して左肩脱臼の重傷を負う山岳遭難が発生。県警ヘリで無事救助された。
●5月4日、富山県の剣岳の八ツ峰付近で、雪の急斜面を登っていた大阪府の50代男性が、約300m滑落し、富山県警のヘリコプターに救助されましたが、その後死亡が確認された。
●5月4日、北アルプス白馬乗鞍岳にて、56歳男性がバックカントリーで天狗原下部を滑走中にバランスを崩し転倒。右足骨折などの重傷を負う山岳遭難が発生。県警ヘリで無事救助された。
●5月5日、北アルプス前穂高岳にて、73歳男性が前穂高岳北尾根の 3 峰をクライミング中に、何らかの原因により転落して死亡する山岳遭難が発生した。
●5月5日、北アルプス槍ヶ岳にて、43歳女性が槍沢付近を下山中に緩んだ雪に足をとられて転倒、右足骨折の重傷を負う山岳遭難が発生。県警ヘリで無事救助された。
●5月5日、北アルプス栂池高原にて、70歳と68歳の男性、41歳と37歳の女性の4人が、栂池から金山沢を経由して猿倉へバックカントリースキーで下山する予定で行動していたが、ルートを間違えて道に迷い、行動不能となる山岳遭難が発生。県警山岳遭難救助隊員が発見して同行下山した。
●5月7日、剱岳の二千メートル付近で雪崩が発生し5人パーティーの3人が巻き込まれ、三重県の50代の男性が死亡し、岐阜県の50代女性と愛知県の30代女性が骨を折るなどで重傷を負った。
●5月7日、剱岳で社会人山岳会3人パーティーで登山をしていた徳島県の30代女性が、標高2,400m付近から滑落し、左足首骨折の重傷を負い救助された。
●5月7日、北アルプス爺ヶ岳にて、60歳男性および57歳女性が爺ヶ岳南尾根を下山中にスリップし2人とも滑落・負傷する山岳遭難が発生。県警ヘリおよび捜索隊により捜索し、翌8日捜索隊が発見。県警ヘリにより無事救助された。
●5月7日、上高地から入山した51歳男性が、行方不明のままとなっている。

2017/07/29(Sat) 12:14:10 [ No.903 ]
◇ 登山保険に入ってますか? 投稿者:冬山対応保険にはっている登山者  引用する 
登山保険と言っても、スポーツ+、夏山登山、冬山登山(登山用具を使った登山)などの分類が有る。
登山保険として皆さんが入っているのは、間違いなく夏山登山だと思う。この保険で、ピッケルやアイゼン、登坂器具(ロープ、カラビナ、カム、ハーネスなど)などを使う登山は対象外だしそれらを使わなくても、このような環境での登山は対象外なものが基本なので、冬山等を登る登山者は十分気をつける必要がある。
私が現在入っている山岳保険は、モンベル山岳保険(運動危険補償特約障害綜合保険)のシンプルプランで、24時間担保されているものだ。
死亡・高度障害    200万円
個人賠償保険     1億円
救助者費用等補償  500万円
遭難捜索費用     200万円
遭難捜索追加費用   30万円
この内容で平成29年4月18日から1年間で15400円です。
この内容を家族に知らせておく必要が有ります。保険証書を本人が持っていても何にもなりません。
事故が有ったらここに書かれた内容をモンベルに持っていくと詳細内容を教えてくれるものと思う。
残雪期や積雪期、ロッククライミング、沢登りなどの山に登山される方は、加入保険の確認をしましょう!
保険に入っていないのは、論外です!残された家族が大変です。

2017/07/29(Sat) 12:16:32 [ No.904 ]

◆ 八重山諸島4泊5日旅 投稿者:ふたり旅  引用する 
IHSの新春大売り出しを利用して、日本で人の住む最南端の波照間島に行って来た。
新千歳空港を8時にANAで出発することになっているが、共同運航とかでエアドゥでの飛行となり、損をした気分で旅立つ。
セントレアまで2時間、乗り継ぎ1時間、ここまでは良かったのだが、セントレアから石垣までの3時間はながかった。
14時石垣空港に到着し、レンタカーを借りてホテルと反対の平久保灯台向かうのだが、ブレーキを踏むとハンドルがガタガタと震える。この震えが止まらない。この状況が自分の車ならディーラーに行って直してもらうのだが、レンタ会社に電話したら、車の特性ですから?と言われた。
「特性」ってなに?少々パニックになる。予想していない回答であった。このレンタで4泊5は無理なので、ホテルで交換することにする。


2016/03/11(Fri) 20:52:11 [ No.695 ]
◇ 石垣島「南の島」で夕食 投稿者:ふたり旅  引用する 
今日の石垣は雨予報で、15時頃には雨雲が抜けるはずであったが、玉取崎展望台では傘を差そうか迷う天候だが、平久保崎灯台では雨があがった。
ヤエヤマヤシ群落で八重山そばを食べ、川平湾経由でホテルに到着。気さくなフロントマンとちょっと長話で夜の食事場所を決める。それが「南の島」で、美味しく安かった。


2016/03/11(Fri) 20:53:33 [ No.696 ]
◇ 波照間島「サンゴの浜」 投稿者:ふたり旅  引用する 
フロントマンによると、2月の日照時間が24時間ぐらいだという。12月からほとんど日照時間がないようだ。
IHSの旅行プランでは、3島島めぐりが2日目に付いていたのだが、日曜日で黒島の牛祭りがあるので、3日目にずらしておいた。それ以上に波照間島への行動が先で、この時期高速船の安定運航が保証なしのため、逐次メールでの運航予定状況を受信していたが、朝の段階で往復3便が運航するとの決定が1日もない。行ったものの帰って来られないのであれば大変である。
2日目の天候や波の高さを見る限り最良の日なのだが、明朝の6時過ぎでなければ運航判断がくだらない。だが、準備だけはして就寝する。
朝早くメールが届く。○は運航。△は運航未定で直前に判断する。×は運航しない。の印が付いてくるのだが、私が受信し始めて初めての全てに○が付いている。奇跡だ!


2016/03/11(Fri) 20:55:12 [ No.697 ]
◇ 波照間島灯台 投稿者:ふたり旅  引用する 
離島ターミナルに行ってみると、波照間行きは小さな高速船?であった。天気がいいので後ろのオープンデッキに陣取ったのだが、外洋に出ると揺れが激しくなってきた。それ以上に推進力を得るために海水を後方に排出しているのだが、船の高さ以上に水しぶきが上がっている。
更に外洋に出ると波が出てきて、上下左右に大きく揺れ、オープンデッキの周りにはる手すりでは海中に落ちるのではないかと思うほど揺れていた。
このオープンデッキには男が4人いたが、波照間港に着くころには、なかなか経験のできないアトラクションを体験できた!と話し合っていた。
波照間島ではレンタバイクを借り、狭い島を走り回った。最初は海側の入れるほとんどの道に入って、その後集落を回った。
当然ガイドされているところは回った。行く前から確認していたものの、島の真ん中に灯台が有るのが解せなかったが、現地で理解できた。


2016/03/11(Fri) 20:56:15 [ No.698 ]
◇ 波照間酒造 投稿者:ふたり旅  引用する 
幻の泡盛「泡波」を共同売店で探すが、ミニチュアボトルしか置いていない。聞いてみるとタイミングだという。
最終便に乗るために船客ターミナルに行き、何気なく売店に行くと、一人の男性が「泡波がある。」という。その男性との間にいた女性も2合ボトルを手にしながら携帯をかけている。棚を覗くと2合瓶が1本あり、そのボトルは私の物になった。いや、正確に言うとまだこの最後の2合ボトルは売店のもので、私のものではない。島じゅうの共同売店に売っていないものがここに有るはずがないと思い、ラベルを見ても「泡波」と書いてある。ラッキーである。支払金額500円。先に買ったミニボトルは100ミリリットルで350円。2合って360ミリリットルてことは、1260円?この2合瓶を石垣島で見たときには、3000円になっていた。更に空港では・・・・


2016/03/11(Fri) 20:57:45 [ No.699 ]
◇ 波照間駐在所 投稿者:ふたり旅  引用する 
波照間の桟橋に行くと、老人が一人いた。
その傍に幻の「泡波」が・・・・・
3合瓶?10本、1升瓶2本・・・・
声をかけてみると、酒造会社の親戚で、そこから買ってきたとのこと。うらやましい・・・
空港で3合瓶は6000円位で、1升瓶は空港にはなかったが石垣市で2万近かった。てことは、10万円なのだが・・・・


2016/03/11(Fri) 21:05:21 [ No.700 ]
◇ 波照間島北東の風車 投稿者:ふたり旅  引用する 
島に近づくとこの風車が目立つ。
それほど島には高い建物がない。
横になっている風車を見るのは初めてである。
晴天の波照間島を50ccスクーターで爆走し激しく日焼けしました。
帰ってから大変なことに・・・


2016/03/11(Fri) 21:11:25 [ No.701 ]
◇ 中御神島 投稿者:ふたり旅  引用する 
波照間島から北西に27km、西表島から南西に15kmにある無人島で、波照間島の西浜から撮った写真です。
目では捉えられるものの、カメラのモニターで捉えることはできず、超望遠で感覚的に撮った写真です。
撮っているときには何処の島かわかれませんでしたが、地図を合わせると等高線からこの島影が中御神島(なかのうがんじま)だと確信しました。
面積0.22k平方メートル、標高102mで西表国立公園に含まれています。所有者は、国です。


2016/03/11(Fri) 21:22:50 [ No.702 ]
◇ 日本最南端の信号「西表大原」 投稿者:ふたり旅  引用する 
翌日は、西表島〜由布島〜竹富島を夕方まで観光しましたが、竹富島の時間が少なかったことから、翌日再度竹富島を訪問して、のんびりと沖縄の情緒を楽しんできました。
最初は3泊4日でと思っていたのですが、4泊5日が正解でした。


2016/03/11(Fri) 21:24:32 [ No.703 ]
◇ 石垣島の道路標識 投稿者:ふたり旅  引用する 
レンタの件ですが、交換後波照間島から帰ってきて乗ってブレーキを踏むと、タイヤが縁石を擦るような?ディスクの錆びをパッドが擦っているような音がする。石垣御神埼灯台に行ってきても消えない。
レンタ会社に電話すると「この車種はクレームが多い車種で」・・・・って、どういうこと!交換時に同乗して確認してもらい、交換の車も乗って確認した。旅をするたびにレンタを借りているのですが、こんなレンタに乗ったことありません。参りました。


2016/03/11(Fri) 21:26:17 [ No.704 ]
◇ 石垣市公設市場 投稿者:ふたり旅  引用する 
公設市場で売っていたモンゴイカです。
買いに来ていた調理人に聞いたところ、1200円/kgで、大きいのが約6kgなので、7200円で一人で食べられない。とのことでした。
小さいほうであれば、色々な調理をして、1日がかりだと食べられるのではないかとのことであったが、無理です。


2016/03/11(Fri) 21:32:24 [ No.705 ]
◇ 琉球観音埼灯台 投稿者:ふたり旅  引用する 
旅に出るとき地図で灯台の位置を確認するのが当たり前に様にやっている。
できる限り、灯台に行って見ることにしている。綺麗な灯台に出会うとため息が出る。
今回の旅では、4つの灯台に会えた。


2016/03/11(Fri) 21:36:20 [ No.706 ]
◇ 石垣御神埼灯台 投稿者:ふたり旅  引用する 
石垣島の観光名所が少ないのか、午後の遅い時間にも関わらず多くの人が訪れていたのにはびっくりした。灯台を経由して岬の先端に行くには小さな岩登りが有り、私の前を行っていた女性はそこで諦めた。
帰りの飛行機は地球の自転?(偏西風)の関係で随分と短縮されました。それにしても、新千歳から石垣まで3000km。沖縄から石垣まで飛行機で1時間。北海道で-7度で、波照間島で+23度なので、温度差30度です。石垣島の天候不順の期間でしたが、到着時小雨のち曇り、2日目晴れ+快晴、3日目晴れ夕方曇り、4日目晴れ、5日目晴れで、現地に居る間に日焼けにより皮がむけるほどでした。普段の行いが・・・・


2016/03/11(Fri) 21:40:36 [ No.707 ]

◆ 小幌駅探検です。 投稿者:冒険家  引用する 
 写万部山を8:15に下山完了したので、今回の旅の目的地である廃駅で話題になっている小幌駅に向かう。
 ウィキペディアに「旧国道から小幌駅へ行く道があるが、深い藪や森林が続き、またクマなどの野生動物出没の可能性も高く、むやみに近づくと非常に危険な状態で、現在は旧国道は事実上利用不可能(廃道)となっている。」と記されている。
 しかし、礼文華トンネル西入口手前から南の林道に向かうと、ゲートに鎖があり、片方には鍵が有るものの、反対側はポールに輪がかかっているだけで、造作なく外れる。


2015/12/14(Mon) 19:56:09 [ No.658 ]
◇ 林道を岩屋観音に向かう。 投稿者:冒険家  引用する 
 これは「パズルを解いた者は進んでよし。」と解釈し、その先の林道を約1.5km進むと分岐が有ったのでそこで車を停め、砂防ダムを眺めながら上等な登山道レベルの道を下って行くと、海岸の奥に岩屋観音があった。

2015/12/14(Mon) 20:02:34 [ No.660 ]
◇ 岩屋観音全景です。 投稿者:冒険家  引用する 
岩屋は意外に広く、俗性されているが、6体の仏像もあり神秘的でもある。

2015/12/14(Mon) 20:05:18 [ No.661 ]
◇ 岩屋観音内部全景です。 投稿者:冒険家  引用する 
 岩屋観音近くの看板には、次のように書かれている。
 岩屋観音(通称:首なし観音)は、1666年 僧円空が、この洞窟で仏像を彫って安置した。
 その後、修行の僧が熊に襲われ、この仏像の後ろに隠れて難を逃れた。その時、僧の代わりとなって仏像の首を熊に食いちぎられて以来、この観音を「首なし観音」と言われていた。
 1894年 この首の無くなった観音を泉藤兵衛が修復したと伝えられている。
 現在の祭礼は、9月16日、17日に行われている。


2015/12/14(Mon) 20:07:44 [ No.662 ]
◇ 祠の内部です。 投稿者:冒険家  引用する 
 ここ岩屋観音にある6体の仏像は、円空のものではない。円空仏を手の届く無人の岩屋に安置していること自体無理があり、これらの仏像はボルトで止められている。となれば、本物の円空仏はどこにあるのだろうか?その答えは、岩屋観音奥にある祠の中にあった。

2015/12/14(Mon) 20:09:25 [ No.663 ]
◇ 円空仏の行方は・・・・ 投稿者:冒険家  引用する 
 祠の中には「円空作観音像は、保存のため有珠善光寺に移設しました。御拝観の方は、善光寺までお問い合わせください。大臼山道場院善光寺 電話0142-38-2007 伊達市有珠町 平成24年11月5日」と記されている。
 この岩屋観音から小幌駅までの道は、整備された観光歩道で、どれだけの人が通ったのだろうか?


2015/12/14(Mon) 20:11:01 [ No.664 ]
◇ 小幌駅へ 投稿者:探検家  引用する 
岩屋観音から小幌駅までの道は広く、整備された小道である。
岩屋観音から小幌駅までは、のんびり歩っても15分ほどである。


2015/12/16(Wed) 11:27:20 [ No.665 ]
◇ 小幌駅を海岸方向から 投稿者:探検家  引用する 
左側に保線区の詰所兼倉庫、右にトイレ。
中央には、下りのホームが見えます。
詰所兼倉庫と中央上の方に白く見えるのが、国道にかかる礼文華橋です。


2015/12/16(Wed) 11:44:22 [ No.666 ]
◇ 小幌駅名板 投稿者:探検家  引用する 
下りホームの駅名板です。

2015/12/16(Wed) 11:46:43 [ No.667 ]
◇ 新礼文華山トンネル方向 投稿者:探検家  引用する 
左が下りホームで、奥に機械室と新礼文華山トンネル、右が上りのホームです。

2015/12/16(Wed) 11:51:17 [ No.668 ]
◇ 新辺加牛トンネル方向 投稿者:探検家  引用する 
●小幌駅の歴史
昭和3年、長大なトンネルの連続で多くの犠牲の末に、長輪(おさわ)線が長万部〜輪西(現在の東室蘭)間に開通し、陸の孤島であった小幌海岸にもトンネルとトンネルのわずかな合間に小さな駅がつくられた。小幌駅は、静狩駅と礼文駅の間が長いため、輸送量アップの目的で1943年信号所(列車がすれ違うための設備)が設けられたが、保安管理の必要性から1987年に駅に昇格され、保線区の職員も配置され、洞窟周辺の海岸に定住する人々も現れ、漁期には100人を超える賑わいとなった。
その後、鉄道の複線化や漁船の性能向上で、不便な海岸に住み着く者も居なくなってしまい、磯釣り人や円空仏参拝者だけが訪れる寂しい場所となったが、今では全国第1位の秘境駅として多くの鉄道マニアが訪れるようになった。


2015/12/16(Wed) 11:53:56 [ No.669 ]
◇ 上りの貨物列車です。 投稿者:探検家  引用する 
当時は蒸気機関車で、礼文駅から静狩駅までの区間(13キロ)はトンネルが連続していたので、煙を抜くための明かり区間(トンネルでない区間のこと)が必要であった。そのため中間の幌内トンネル(複線化された後は新辺加牛トンネル)と礼文華山トンネル(現在は新礼文華山トンネル)の間に機関車だけが顔を出す信号所が設置された。

2015/12/16(Wed) 11:55:36 [ No.670 ]
◇ ピリカア浜 投稿者:探検家  引用する 
小幌駅からピリカ浜を望む高台まで約5分です。
ここからピリカ浜まで降りることはできるのですが、ほぼ垂直です。


2015/12/16(Wed) 11:59:07 [ No.671 ]
◇ 小幌駅GPS画像です。 投稿者:探検家  引用する 
緑○が鎖のゲートです。
青○が林道分岐で、駐車したところです。
赤○岩屋観音
紫○ピリカ浜を望む高台
ゲートから林道分岐は車で5分
林道分岐から岩屋観音まで歩いてゆっくり歩いて15分
岩屋観音から小幌駅までゆっくり歩いて15分
小幌駅から高台までゆっくり歩いて5分


2015/12/16(Wed) 12:06:03 [ No.672 ]
◇ グーグル画像で確認です。 投稿者:探検家  引用する 
グーグルの画像は凄いですね。感謝です。

2015/12/16(Wed) 12:33:51 [ No.674 ]
◇ 平成27年版 投稿者:探検家  引用する 
小幌駅時刻表です。

2015/12/16(Wed) 12:35:57 [ No.675 ]

◆ 横浜の風景 投稿者:MASA  引用する 
横浜港の見える公園付近で、結婚式の二人を見ました。


2006/11/06(Mon) 22:50 [ No.10 ]
◇ 外人墓地 投稿者:MASA  引用する 
上の写真は、二階建て観光バスから撮ったものです。良い天気の中、むつまじく語らう姿が羨ましい限りです。
次の日、今度は路線バスに乗って外人墓地付近を散策しました。


2006/11/06(Mon) 22:54 [ No.11 ]

◆ ハローウィンですか? 投稿者:街の放浪者  引用する 
一瞬目を疑いましたが、追っかけシャッターです。
ゴーカートでしょう!
公道走っていますが?


2015/10/21(Wed) 21:26:17 [ No.655 ]
◇ マリオ姿ですが、おいくつでしょうか? 投稿者:街の放浪者  引用する 
初めて見ました。
ちゃんとナンバーが付いていました。
陽気なおっちゃんでした!


2015/10/21(Wed) 21:28:48 [ No.656 ]

◆ 北海道100名山最後の挑戦。 投稿者:ちょっぴり登山家  引用する 
台風接近で雨と雷予報が出ているにも関われず、自分的予報判断で300kmほど車を走らせ北海道百名山(本当は118座)の最後の山のピッシリ山に向かい、母子里クリスタルパーク泊。
この山は、昨年の災害で道路が通行止めとなっていて、今シーズンの開通が望めないとのことから、自転車を使い強行突破することとなった。
ピッシリ山登山当日は、雨の天気予報を裏切り快晴の空模様。
母子里の国道275号交差点を4時5分に自転車で出発する。
700mほど進むと、カーブに黒い物体を発見するが、目が悪いのと薄暮のため直ぐに確認できず。
動いているので急停止すると、こちらに向かって前進してくる熊であった。
まだ逃げれる距離と思ったが、Uタウンして走り出すと熊の速度には負ける。
こちらの存在を確認しているにも関わらず、こちらを見ながら進んでくる。やばい!
大きな声で「来るな」と声をかけると、声に反応して熊が停止する。その距離約20m。
これ以上寄ってく来られると覚悟しなければならないと思い「帰りなさい!どけなさい!」と声をかけると、首を数回振って道を外れ草むらに消えていったが、何処に居るのか確認できない。
このまま進んで、道脇から「ガウ〜」と吠えて出てこられたらアウトである。と考えながらもここまで来て熊にあったから退散してきました。とはならない。
度胸を決めて「出てくるじゃない!」と声をかけながら高速自転車ですり抜けたものの、通行止めの舗装道路には糞があちらことらに散らばっているのを見ると登山口まで声の出しっぱなしだった。
この状況でも3枚の写真を取りましたが、薄暮もあって全てピンボケでした。残念!
この状況でも写真を撮った精神状況が自分でもわからん。近づいて来たら自転車で対抗できるかなと脳裏をかすめたのは事実。
過去に4回熊を見ているが、山奥の100m程の橋の上でバイに乗って対面した時は、向かってこられたらバイクで轢いてやろうと思ったものの、にらめっこに勝ったため熊をバイクでおっかけました。熊が走ると早いです。とっても急な崖登りもクライマーの比ではなくとても速く駆け上ります。
このときは、最悪橋から飛び降りればと思ったものの、50m以上の高さからだと、どっちもどっちかと後で思った。
後の3回は、登山道から遠くに1回、車に乗って2回だったので身の危険は有りませんでした。
登山道での遭遇は有りませんが、気配や臭いを感じたのはそれなりの有ります。
熊の急所は鼻先ですので、戦うこととなった時には、鉈でさな先を一撃で勝ちます。鉈がない時には拳を一撃です。
試してみてください。


2015/07/20(Mon) 23:32:05 [ No.639 ]
◇ Re: 北海道100名山最後の挑戦。 投稿者:ななし  引用する 
熊の鼻を拳で叩いて勝てるわけないでしょう。猛獣を舐めきってます。youtubeのbear attack動画でも見て熊の恐ろしさを認識した方がいいんじゃないですかね。
ここまで熊を舐めてると、福大ワンダーフォーゲル部の事件を思い出します。食われないようにね。
そもそも災害で通行止めの場所に行く時点でアホかと思いますが。

2015/09/13(Sun) 14:24:28 [ No.649 ]

◆ 屋久島・宮之浦岳 投稿者:南の放浪者  引用する 
初めての屋久島である。
千歳空港から羽田空港を経由して、鹿児島空港から屋久島空港に到着。
レンタカーで安房地区の宿に到着したのが16時近くだが、観光協会のおばちゃんに勧めれれ、右回りで千尋の滝、平内海中温泉、中間ガジュマル、大川の滝などを見てきた。ぐるっと一周したかったのだが、先週の台風で西部林道の橋が決壊したため、屋久島灯台方面には宮之浦経由となった。
屋久島到着の翌日は、宮之浦岳に登るため弁当を「できたて屋」に注文に行き、3時45分に受け取れるようにお願いして、同室の若者と宿で酒盛りをした。
北海道出発前の登山でアキレス腱を痛め、急遽病院で薬をもらったもののほぼ効き目がなく、痛みをこらえ、ときどき激痛を忘れて、4時間で快晴の宮之浦岳山頂に立った。
下山後、紀元杉・ヤクスギランドを経由して宮之浦港でトッピーの確認後、左回りで屋久島灯台を目指したが、西部林道から灯台への道は崖崩れで通行止めとなっていた。しかたがないので、レンタカーを広場に停めて左足を引きずりながら約15分で白い屋久島灯台に着いた。
帰りにいなか浜でウミガメの足跡と産卵跡を熱い砂浜で確認し、一湊灯台、志戸子ガジュマル公園を経由して各種スーパーのはしごをしながら宿に帰って宴会モードに入ったものの、今日の同室者は下戸であった。


2015/08/16(Sun) 16:29:20 [ No.643 ]
◇ 白谷雲水峡・太古岩 投稿者:南の放浪者  引用する 
翌日は朝から白谷雲水峡にレンタカーで向かったものの、何処まで登るの?何処まで奥に入るの?と思いつつ駐車場に到着。太鼓岩まで1時間ほどで到着する。快晴!壮大な風景と昨日登った宮之浦岳を眺めながら小一時間のんびりと太陽を浴びながらぼ〜としていた。
思いのほか早く宮之浦港のトッピー乗り場に着いたので、鹿児島への出発時刻を変更してからレンタカーを返却。
種子島経由で鹿児島に着き、リトルアジアで寿司をつまみながら宴会モード。翌早朝高速バス「桜島号」で博多着後、新幹線で新山口経由で23WSJのキララ浜でした。


2015/08/16(Sun) 16:31:21 [ No.644 ]
◇ 屋久島灯台 投稿者:南の放浪者  引用する 
屋久島の最西端永田岬にそびえるこの灯台は、日本本土から台湾に至る南方航路整備のため、九州西岸〜南西諸島にかけて建てられた灯台8箇所の一つで、明治30年1月10日最初の明かりを灯しました。
向かいの口永良部島との間は「訳しな海峡」と呼ばれ、日本本土〜奄美・沖縄等を結ぶ大型の定期客船や貨物船等が行き交っております。
この灯台は、沿岸大型標識で、これらの船舶の航行の重要な目標となっています。


2015/08/16(Sun) 16:33:00 [ No.645 ]
◇ 屋久島灯台・碑文 投稿者:南の放浪者  引用する 
碑文
屋久島灯台は台湾航路開設を主な目的として、明治政府の「陸軍省臨時台湾灯標建設部」により明治28年12月に建設に着手。1年2カ月後の明治30年1月10日約5万1千円の建築費で完成されました。
当時、御影石と煉瓦で造られた灯塔、管理棟は灯塔のみが現存し、勇姿を偲ばせています。
当時は職員3人とその家族が駐在し灯火を守っていましたが、昭和38年に職員2名が勤務する体制となり現在に至っています。
ここに、百年の間数々の歴史を刻みながら船舶の道しるべとして屋久島海峡の安全を守り、これからもその役割を担っていく本灯台の業績を偲び記念碑を建立します。


2015/08/16(Sun) 16:34:25 [ No.646 ]
◇ 屋久島・一湊灯台 投稿者:南の放浪者  引用する 
一湊(いっそう)灯台は、屋久島の最北端の矢筈岬にある。国道を永田方面から宮乃浦に走らせ、海水浴場の看板を左折し、キャンプ場を過ぎ終点の公園の駐車場に停めて、徒歩10分程度でたどり着く。灯台表面には小さいタイルが張り合わせてあり、シンプルな灯台である。一般観光客の見学者はなく、よほど灯台に興味がある者だけが訪れる所に思える。灯台の先にも降りて行けそうであるが、写真を撮って撤退した。

屋久島で一番古い一湊漁港を抱えるように突き出たここ矢筈(やはず)岬周辺は、昔から海の難所として、船乗りから恐れられていたことから、明治10年(1877年)地元の人たちにより、岬の先端を示す「のろし灯台」が設けられ、昭和34年ころまでランプを灯して航海の安全を見守っていました。
現在では、更に沖の南方から、大隅海峡を経て本土に向かう船の航路目標として利用される灯台を、昭和36年2月5日建設し、遥か離れた海上から容易に船の位置が求められるようになりました。
灯台の状況は、電話回線でいつも把握し、事務所からも定期的に職員が巡回し機能の保全に努めています。


2015/08/16(Sun) 16:37:04 [ No.647 ]

◆ 古友のために急遽神奈川へ向かう。 投稿者:喪の旅人  引用する 
皆がいつかたどり着くところへ友が旅立った。
その旅時に見た支笏湖周辺の山々。
一度も友は、この風景を見ることがなかった。


2015/03/15(Sun) 20:43:41 [ No.603 ]
◇ 何を思う旅なのか。 投稿者:喪の旅人  引用する 
友のなって四十数年がたつが、この風景をいつも見に来ると言いながら一度も訪れることなく、今後も訪れることはない。

2015/03/15(Sun) 20:48:48 [ No.604 ]
◇ 共に登るはずだった大山へ。 投稿者:喪の旅人  引用する 
友を送ってから、約束の大山へ向かったが、バスで行くとケーブルカーでの下山時間の間に合わない。
白タクをお願いして、登り口まで送ってもらうが、天候がかなり悪く大粒の雪が降っている。
参道の階段を二段跳びで行くが、人影がない。
ケーブルカー駅に着くと、駅員が登るのですか?と・・・・
ハイと答えると、無人で出発するケーブルカーを待機させてくれている。
上に着くと吹雪となっていたが、阿夫利神社を参ってから登山道を20分ほど進むが、降雪の多さに途中撤退するが、足跡が消えるほどの降雪であった。
下山時も人影はなかったが、停留所近傍の観光案内所で初めて店の人に声をかけた。
写真は、ケーブルカーの終点であるが、これでカラー写真である。


2015/03/15(Sun) 21:05:45 [ No.605 ]
◇ 關帝廟にて 投稿者:喪の旅人  引用する 
横浜は友が住んでいた街で、よくここへ来たものだ。
東横線の横浜駅で降り、バスで山下公園や海の見える丘公園近傍を通って友の家で何回泊まったものか。
ここ中華街にも何回も来たものだ。
横浜大世界や海四澤思など新しい建物が建っていた。


2015/03/15(Sun) 21:18:59 [ No.606 ]
◇ 今回の旅は・・・・・ 投稿者:喪の旅人  引用する 
通称「川崎大使」で、本当は平間寺(へいけんじ)。
ここは、真言宗智山派の大本山で、神奈川県川崎市川崎区にあり、院号は金乗院(きんじょういん)。
弘法大師=ダルマであり、参道にはダルマが所狭しと積んでいる店が多くあった。
真言宗は、我が家の信じるものである。


2015/03/15(Sun) 21:26:27 [ No.607 ]
◇ 今回は、寺詣りの旅なのか・・・ 投稿者:喪の旅人  引用する 
東京都港区芝公園にある増上寺である。山号は三縁山で、三縁山広度院増上寺という。
空海の弟子・宗叡が建立した光明寺が増上寺の前身で、室町時代に真言宗から浄土宗に改宗した。
今の境内も広いが、近傍の「芝大門」「大門駅」は、増上寺の総門のことを指す。
このあと、思いで多き東京タワーを階段を使って6分ほどで登った。


2015/03/15(Sun) 21:38:14 [ No.608 ]
◇ よく訪れる浅草寺 投稿者:喪の旅人  引用する 
東京都台東区浅草にある東京都内最古の寺である浅草寺の雷門。
表参道入口の門で、切妻造の八脚門で向かって右の間に風神像、左の間に雷神像を安置することから正式には「風雷神門」というが「雷門」の通称で通っている。
慶応元年(1865年)に焼失後、昭和35年(1960年)に松下幸之助が浅草観音に祈願して寄進したものである。
卒業後、宿泊先は東が多く、その中でも浅草近辺に泊まることが多い。
日本の寺で、地元を除くと一番訪れている寺である。
今回の宿泊場所も浅草である。
写真は、雷門の提灯下部に刻まれた彫刻である。


2015/03/15(Sun) 21:51:30 [ No.609 ]
◇ 上野近辺を散策 投稿者:喪の旅人  引用する 
かって上野公園周辺は全て寛永寺の境内であった。広小路は、将軍が寛永寺にある徳川秀忠らの霊廟に参詣するための参道であり、防火の意味で道幅を広げていたため、広小路と呼ばれた。
文殊楼、法華堂、常行堂、多宝塔、輪蔵、根本中堂、本坊などがあった。その周囲には清水観音堂、五重塔、東照宮、弁天堂などが建っている。清水観音堂は京都の清水寺になぞらえたものである。


2015/03/15(Sun) 22:09:07 [ No.610 ]
◇ で・でかい!でかすぎる! 投稿者:喪の旅人  引用する 
最後に寄ったのが成田山である。
成田山新勝寺は、千葉県成田市にある真言宗智山派の寺であり、同派の大本山のひとつである。
一般には「成田不動」あるいは「成田山」と呼ばれることが多いようである。
成田山表参道に『うなぎ』の文字が多く、寺近くにはうなぎ屋が幅をきかせている。
うなぎとのつながりは、単に利根川で一年を通して「うなぎ」が獲れていたからのようだ。
歌舞伎との繋がりは、1703年(元禄16年)に初めて江戸深川に成田山の出開帳を行った際、初代市川団十郎の父親が、成田の出身ということで、この出開帳に参詣したことから、一躍成田の名が江戸中に広がったようだ。


2015/03/15(Sun) 22:24:59 [ No.611 ]
◇ 行きも帰りもジエットスター 投稿者:喪の旅人  引用する 
年寄りは乗っていません。
これは、LCC特有の傾向でしょうが、チケット購入がネットなので、しかたが有りませんね。
ジエットスターの良いところ。
料金が安いこと。
それ以外に有ったかな?


2015/03/15(Sun) 22:30:37 [ No.612 ]

◆ 13代今泉今右衛門 色絵吹墨草花更紗文花瓶 投稿者:急きょ壷マニア  引用する 
「色絵吹墨草花更紗文花瓶」この壷は、叔母から貰ったものです。
作者の履歴を記載しておきます。
十三代目は、若い頃から創作的な色鍋島の制作に取り組み、現代の角度からの色鍋島に意欲を燃やした。
昭和50年に十三代を襲名し「色鍋島今右衛門技術保存会」を作り、重要無形文化財の総合指定を受け、十三代らしい作品をと研鑽に努め、染付吹墨・薄墨吹墨の技法を確立し、その作品は伝統工芸展での優秀賞、日本陶芸展での秩父宮賜杯、毎日芸術賞、日本陶磁協会金賞を受賞するなど高い評価を得、平成元年には重要無形文化財「色絵磁器」保持者(いわゆる人間国宝)の認定を受けた。

陶歴
1926年(大正15年):12代今右衛門の長男に生まれる
1949年(昭和24年):東京美術学校(現芸大美術部)工芸科卒業
1957年(昭和32年):日展入選(〜1959年)
1958年(昭和33年):佐賀県展にて最高賞受賞
1959年(昭和34年):佐賀県展依嘱
1962年(昭和37年):日本伝統工芸展初入選、一水会陶芸展入選
1963年(昭和38年):一水会陶芸展にて「一水会会長賞」受賞、一水会陶芸部会員推挙
1964年(昭和39年):欧州、米国陶芸視察
1965年(昭和40年):日本伝統工芸展にて「日本工芸会会長賞」受賞、日本工芸会正会員推挙
1966年(昭和41年):3ヵ年間米国にて「ジャパンアートフェスティバル展」出品
         :文化庁主催 日本伝統工芸秀作展に「色絵手毬花文鉢」出品
         :京都国立近代美術館「現代陶芸の新世代展」招待出品
1968年(昭和43年):京都国立近代美術館にて「色絵笹輪文鉢」買い上げ
1970年(昭和45年):フランス、ヴァロリス市第2回国際陶芸ビエンナーレ展「色絵かるかや文鉢」招待出品
         :京都国立近代美術館「現代の陶芸、ヨーロッパと日本展」招待出品
1971年(昭和46年):文化庁主催 日本伝統工芸秀作展に「色絵笹輪文鉢」出品
         :今右衛門陶房の技術者にて「色鍋島技術保存会」をつくり12代の会長補佐となり、国の重要無形文化財の総合指定を受く
1972年(昭和47年):東京国立近代美術館にて「色絵かるかや文鉢」買い上げ、陳列
1974年(昭和49年):一水会陶芸展 審査委員となる
1975年(昭和50年):12代死去により 13代今右衛門を襲名
1976年(昭和51年):日本陶磁協会賞を受賞
         :「色鍋島今右衛門技術保存会」を改組し代表となる、文化庁より重要無形文化財の総合指定を受く

1979年(昭和54年):東京国立近代美術館主催「近代日本の色絵磁器展」に出品
         :53年度日本伝統工芸展出品作「色鍋島薄墨草花文鉢」を文化庁買い上げ
         :日本伝統工芸展NHK会長賞受賞、佐賀県芸術文化賞受賞
1980年(昭和55年):日本伝統工芸展監査委員となる
1981年(昭和56年):日本陶芸展最優秀作品賞(秩父宮賜杯)受賞、日本工芸会西部支部幹事長となる
1982年(昭和57年):佐賀県陶芸協会会長に推挙される、日本伝統工芸展鑑査委員となる
1983年(昭和58年):57年に続き日本伝統工芸展鑑査委員となる
1984年(昭和59年):西日本文化賞受賞
1985年(昭和60年):日本伝統工芸展鑑査委員となる
1986年(昭和61年):紫綬褒章 佐賀県政功労賞受章、佐賀新聞文化賞受賞
1987年(昭和62年):日本工芸会常任理事に推挙される、日本伝統工芸展鑑査委員となる
1988年(昭和63年):毎日芸術賞受賞、第1回MOA岡田茂吉賞受賞
1989年(平成元年):重要無形文化財個人指定(人間国宝)に認定
         :ポルトガル、リスボンにて個展、日本陶磁協会金賞受賞
1990年(平成2年):ニュージーランド建国150年記念のための招待作品展
1991年(平成3年):佐賀県庁県民ホール陶壁作成
1992年(平成4年):国際陶芸アカデミー名誉会員に推挙される
1993年(平成5年):佐賀県立有田窯業大学校校長就任
1994年(平成6年):パリ・エトワールにて個展
1995年(平成7年):国際文化交流に対し外務大臣表彰
1998年(平成10年):グッドデザイン賞審議委員に就任
1999年(平成11年):勲四等旭日小綬章受章
2000年(平成12年):日本工芸会副理事長に就任
2001年(平成13年):10月13日死去 


2015/02/08(Sun) 00:44:48 [ No.602 ]

◆ 平成25年度緊急消防援助隊北海道東北ブロック合同訓練 投稿者:急遽消防マニア  引用する 
平成25年10月11日(金)・12日(土)苫小牧市汐見町「ケーソンヤード(主会場)」、「ふるさと海岸」、苫小牧市字静川「北海道石油共同備蓄株式会社北海道事業所」で、平成25年度緊急消防援助隊北海道東北ブロック合同訓練が行われました。

2013/10/20(Sun) 22:26:12 [ No.586 ]
◇ 雨の中の野営。これも訓練! 投稿者:急遽消防マニア  引用する 
緊急消防援助隊は、平成7年阪神淡路大震災の教訓を踏まえ、大規模災害等において被災した都道府県内の消防力では対応が困難な場合に、人命救助活動等を効果的かつ迅速に実施出来るよう、全国の消防機関相互による援助体制を構築するため、平成7年6月に創設されました。
北海道での開催は、平成9年度に札幌市、平成17年度の函館市に次いで3回目の開催となります。


2013/10/20(Sun) 22:27:39 [ No.587 ]
◇ 強風の中での訓練! 投稿者:急遽消防マニア  引用する 
参加機関は、消防機関は当然ですが、陸上自衛隊、海上自衛隊、海上保安本部、北海道開発局、気象台、道警、DMAT、日赤、JAF、共同防災、石油共同備蓄、北海道ハイテクノロジー専門学校、医師会、市立病院、王子総合病院が参加しました。        

2013/10/20(Sun) 22:29:39 [ No.588 ]
◇ 消防車や救急車gいっぱいでした。 投稿者:急遽消防マニア  引用する 
参加隊数は、246隊933名と大規模な訓練でした。
初日は土砂降りの中での訓練と野営でした。


2013/10/20(Sun) 22:30:41 [ No.589 ]
◇ 札消のヘリががんばっていました。 投稿者:急遽消防マニア  引用する 
二日目のメイン訓練は、強風の中行われました。強風のため一部のへりが参加しませんでしたが、自衛隊と札消のへりが活躍していました。

2013/10/20(Sun) 22:32:05 [ No.590 ]
◇ さすが自衛隊です。 投稿者:急遽消防マニア  引用する 
それよりも驚いたのは、ふるさと海岸で行われる予定だった訓練で、津波による漂流者を救助する訓練が中止となったと聞いていたにも係わらず、海自のゴムボートは荒波をものともせずに走り回っていたかと思うと、ゴムボートでは絶対無理と思う外海に出て、母船である「ながしま」めがけて波間に消えながら進んで行きました。凄い!の一言でした。

2013/10/20(Sun) 22:33:07 [ No.591 ]
◇ Re: 札消のヘリががんばっていました。 投稿者:匿名  引用する 
急遽消防マニア 様

札消ヘリのこの画像元データをいただくことは可能でしょうか?

2014/12/02(Tue) 22:23:28 [ No.601 ]

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